2008年08月08日

七夕祈願祭

カバヤ食品岡山工場では、四季の催事等に合わせて玄関ホールにいろいろな飾り付けを行っています。
6月6日〜8月7日までは「七夕飾り」をし、多くの来場者の方々から短冊に願い事を書いていただきました。

8月7日午後、岡山県井原市美星町にある「星尾神社」へ、皆さんの願いが記された「願い事短冊」を奉納に行って来ました。


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美星町星田地区に静かに佇む「星尾神社」。
毎年、全国各地から寄せられた何万枚もの「願い事短冊」は、この神社に奉納された後、厳かにお焚きあげされ、天高く昇っていきます。
今年は約60,000枚の短冊が奉納されたそうです。


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別名「星の宮」とも呼ばれるこの神社の周囲には、まさに神に守られているかのように、近隣では唯一とされる原生林が、太古の昔からそのままの姿で残っています。

この星尾神社で厳かにお焚きあげされた皆さんの“願い事”、それぞれ叶うといいですね…☆☆☆


〜 星尾神社 〜

さて、皆さんの「願い」が集まるこの神社は、いったいどういう由緒があり、どうして建てられたのでしょうか?
また、この神社の社殿は何故か北を向いています。普通は神様はみんな南か東を向いています。どうして北に向いているのでしょうか?

古来伝えられるところによると、この地は古代より黒田と称し、戸数七十余戸の住民は深く北辰(北極星)を信仰していました。
承久年間、順徳帝の御代に流れ星が落下し水田で光り輝いていました。
この地の豪族・妹尾兼定は、これを採り、この地に小祠を建て奉祀(ほうし)し、住民は明神様として厚く信仰しました。
およそ百年後の正中元年、豪族・妹尾平治右衛門が重病を患い神祗星辰に祈願していたところ、ある夜二十八宿の二つ「星尾」を夢に見て以来快方に向かい、全快後明神の御加護御神徳を深く感じ宮社を建立、星尾大明神と名付け祀ったのがその創建と伝えられています。
以来黒田村を星田村に改めたといわれ、現在の美星町星田が当時の星田村です。

現在の社殿は北向きに建てられているのですが、古くは南向きであったといわれています。
伝えられるところによると、笠岡沖で毎年不漁が続くので易ったところ北方に神威の激しい神様の神殿が、南向きに建てられているためだとのお告げにより、漁師達が星田へ来て神殿の方向を変えるように懇望し、北向きに建て替えたそうです。
以来、豊漁が続き、毎年の祭礼には笠岡から魚三荷が奉納されていましたが、この慣習も天保(江戸時代後期)の頃廃止されたと伝えられています。
また、神社の近くには「星尾大明神降神の地」があり大きな灯籠が建てられています。


posted by 多田章利 at 11:19| Comment(0) | 夢あふれる工場に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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